関 孝之(せき たかゆき)


宮城県仙台市出身。
高校卒業までは、友人3人とジャズバンドを組み、音楽に熱中する。

東北学院高校東北学院大学経済学部商学科入学後20歳の夏、子供の頃からあこがれていたアメリカを自由旅行する。生まれて初めて見る360°の地平線に感動しつつ、多くのもの・環境に、デザインの意識が強くあることに驚く。


ビジュアルの力をもっと強く意識すべきだと思うようになり、この事が後の方向転換のいちばんの基礎となる。

大学卒業後は商事会社に入社し、医療機関中心に営業をする。人やものを結びつけるのに最も大切なことは、よいコミュニケーションをつくることだと、この時期に確信する。そして世界共通語となる、視覚伝達ということに強烈な興味を持ち、会社を辞める。

造形作家大嶋貴明氏(大嶋画塾→現在:宮城県美術館普及部技師教育普及担当)のもとで造形の基礎を学んだ後、インテリアセンタースクール(現:ICSカレッジオブアーツ)に3年間在籍。その間あこがれていた原兆英氏原成光氏(ジョイントセンター株式会社)両氏に師事、卒業と同時に正社員となる。


ホテル・イベント・物販店・飲食店など商業施設の企画・意匠設計に従事。30歳の誕生月に退職し、フリーランスで活動を始め、現在に至る。

関 奈美(せき なみ)


石川県金沢市出身。
建築設計事務所を営む父親、歳の離れた2人の兄も共に建築家という環境で育つ。

金沢市立美術工芸大学商業デザイン学科入学後、学校の休みを利用しては上京し、いくつもの有名デザイン事務所をたずねてアルバイトをする。

卒業後、親の反対を押し切り3年の約束で上京。アルバイトの過程で決めていた、原兆英氏に師事する。ホテル・企業のアンテナショップなどの企画、意匠設計に従事。


その後、建築家大高正人氏のもとで、兄(長村寛行=現在:architect office strayt sheep)と共に働いていた古市和正氏が独立し設立する、建築設計事務所(株式会社スペック)に設立時入社。


大規模研修施設・オフィスビル・住宅など建築物の企画、意匠設計に従事。退職後、ノットデザインスタジオを関孝之と共に設立し、現在に至る。

 

もう一人の兄、長村峰行(長村建築事務所)についてはこちらのサイトへ。